第12回インフルエンザ夏季セミナー特別講演より

―第12回インフルエンザ夏季セミナー特別講演より―
平成26年7月20日(日)第一ホテル東京にて、第12回インフルエンザ夏季セミナーを開催しました。
セミナーでは、日臨内インフルエンザ研究に参加された先生を中心に、2013-14年シーズンのインフルエンザ研究の成果が発表されました。
第1回目として、2013-14年シーズンのインフルエンザ研究結果のサマリーをお送りしましたが、第2回目の今回は、インフルエンザに関する分野で最先端の研究をされている先生方による、特別講演のサマリーをお送りします。
(日臨内インフルエンザ研究特任理事 岩城紀男)

◆特別講演1「鳥インフルエンザの基礎」
北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター 高田 礼人
DSC_0083.jpg 本講演では、H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルス発見から現在に至るまでの経緯と北海道大学がアジア・アフリカで実施している渡り鳥における鳥インフルエンザウイルスの保有調査などを中心に紹介した。
 A型インフルエンザウイルスは、ウイルスの粒子表面糖蛋白質であるヘマグルチニン(H1-H16)およびノイラミニダーゼ(N1-N9)の種類によって様々な亜型に分けられる。全てのA型インフルエンザウイルスの起源はカモなどの野生の水鳥に寄生するウイルスで、これらのウイルスはカモに病気を起こすことなく自然界に存続している。これらのインフルエンザウイルスの一部が、種の壁を飛び越えて他の野生動物、家禽、家畜そして人に伝播し、時に感染症を引き起こす。特に高病原性鳥インフルエンザウイルスは、H5およびH7亜型のウイルスが家禽に伝播し、ニワトリに対して高い病原性を獲得したものである。
 H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスのヒトの感染は1997年に香港で初めて報告された。私はその年、香港の生鳥市場の調査に参加し、当時P3施設も整備されていない環境で大量の感染サンプルの処理とウイルス分離を行い、市場のウイルス汚染状況を知った。現在その子孫ウイルスによる流行が、中国、インドネシア、ベトナム、エジプトなどで続いている。知られている限り、これほど長く流行が続くのは、高病原性鳥インフルエンザの歴史の中で初めての事である。
 2005年春に、白鳥やインドガンなどの野生の渡り鳥がH5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスに感染し大量に死亡しているのが中国の青海湖で見つかった。同年にモンゴルでも、春に北上中に斃死した渡り鳥から同じウイルスが分離された。その後毎年のように、渡り鳥の感染が春のモンゴルで確認された。このような、家禽から野生水禽への頻繁な感染と大量死もかつてない出来事である。しかし、感染は春に北上中の鳥に限られており、私たちが行っているモンゴルにおける秋の調査では分離されていない。モンゴルでは本ウイルスによる家禽の感染は見つかっていない事から、ウイルスは毎年中国由来である。
 一方、2010年10月に、稚内で一見健康な渡りガモの糞からH5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスが分離された。この時期に北海道を通過する渡り鳥は南下中なので、日本の最北端でいち早くウイルス襲来のサインをキャッチしたと言える。その後11月から2012年度末にかけて日本列島各地で高病原性鳥インフルエンザが多発した。稚内で分離されたウイルスの8つの遺伝子分節は全て同年の春にモンゴルで北上中の渡り鳥から分離されたものとほぼ一致していたので、ウイルスは抵抗性の強いマガモ等によって維持され、南と北を一往復して日本にやってきた可能性がある。2010年に稚内で分離されたウイルスのうち1株は、カモに対して殆ど病原性を示さなかった(しかしニワトリに対しては依然「高病原性」である)。カモに対して病原性を示さないH5N1ウイルスが選択され、長期にわたり野生水禽に維持される可能性が懸念されたが、その後の調査では見つかっていない。
DSC_0058.jpg 現在中国では、H5N1亜型のウイルス以外にもH7N9やH10N8の鳥インフルエンザウイルスのヒトへの伝播が報告されており、様々な鳥インフルエンザウイルスによる生鳥市場の汚染が広がっていると予想される。しかし、今の中国の体制下では、家禽における鳥インフルエンザウイルスの流行状況を正確に把握し情報を他国と共有し、同国が国際社会の一員として責任をもって対策を進める事が出来るとは言い難いかもしれない(1997年時点でもそうだったが・・・)。

◆特別講演2「これからのインフルエンザワクチン」
新潟大学医歯学総合研究科小児科学分野 齋藤昭彦
DSC_0090.jpg ワクチンギャップという言葉が使われて久しいが、この数年、接種できるワクチンの種類に関しては、そのギャップが埋まってきたといってよい。2008年より、国内には13の新しいワクチンが次々に導入され、その一部は定期接種化された。しかしながら、インフルエンザのワクチンの種類に関しては、海外とのギャップはむしろ開いており、今後の開発と導入が期待される領域である。現在の3価の不活化インフルエンザワクチン(TIV)の効果に限界があることは、周知の事実である。
 この現実を打開するために米国では、多くの新しいインフルエンザワクチンが開発されている。現在、通常のTIVに加え、接種可能なワクチンは、以下の5つである。1)皮内ワクチン: 通常の3価の不活化インフルエンザワクチンの1/5の抗原量でより高い免疫原性をもたらし、皮内接種のためのデバイスに既に薬液が入れられているプレフィルドワクチンである。2)高齢者用ワクチン: 65歳以上の高齢者用の抗原量が4倍量含まれる3価の高用量ワクチンで、TIVに比べ、その免疫原性が改善されている。3)4価ワクチン: 通常の3価のワクチンにB型をさらに1つ加え、相違が起こりやすいB型のワクチン株を2つ入れたワクチンである。4)レコンビナントワクチン: バキュロウイルスを用い、インフルエンザウイルスのヘマグルチニン(HA)蛋白を発現させた3価の標準量ワクチンである。鶏卵を使わないので、卵アレルギー患者にも安心して使用でき、また、大量生産が可能である。5)経鼻生ワクチン: 4価の経鼻投与する生ワクチンで、その予防効果は、TIVと比較し高く、2-49歳の対象に接種が進んでいる。
DSC_0062.jpg この様に次々に新しいワクチンの開発と導入が進んでいるが、これ以外にも、ベクターやプラスミドを用いたワクチンや、1回の接種で効果の持続するユニバーサルワクチンの開発にも研究が進んでいる。今後の新しいワクチンの開発と登場に注目が集まる領域であり、国内のインフルエンザワクチンにおけるワクチンギャップが埋められることが期待される。