2011-2012年シーズンのインフルエンザ流行状況について

2011-2012年シーズンのインフルエンザ流行状況について
第10回インフルエンザ夏季セミナーより

日本臨床内科医会インフルエンザ担当特任理事 岩城紀男

Dr Saruta-s.jpg 日臨内インフルエンザ研究参加者のための研究会である夏季セミナーが、去る平成24年7月21日(土)ホテル日航東京で開催された。今回新たにインフルエンザ研究担当に就任したDr Doniwa-s.jpg洞庭賢一常任理事の総合司会によりセミナーは進行し、2011-2012年シーズンの日臨内インフルエンザ研究を纏めた最新成績が発表された。冒頭の猿田享男日臨内会長挨拶に引き続き、先ずインフルエンザ研究班廣津伸夫副班長の講演「学校感染再考」があった。

Dr Iwaki-s.jpg 報告では、インフルエンザの地域社会での広がりは学校の流行の後に見られることが多いため、学校の感染対策は重要であるとした上で、出席停止、および学校閉鎖の措置に再考を加えた.まず、出席停止期間を家族内感染の調査で得たウイルスの残存率の結果より考察し、ウイルス残存は治療の有無、治療開始時期、治療効果によって大きく影響を受けるが、解熱からウイルスの消失までの期間は治療、年齢を問わず一定であるため、出席停止期間は、解熱時間を基準に決定するのが妥当で、解熱後2日間を経過した後の登校が可能であるとした.実際の小学校の調査から、学級においては初発罹患者に続き感染グループが形成されるが、Dr Hirotsu-s.jpgその収束の後、2日間の出席停止期間を守った児童からの感染はほとんど無いことが確認されたという.学校閉鎖に関しては、学校内感染の観察データをもとに伝播モデルを構築し、ウイルス伝播のしくみを検討した結果、閉鎖を行った学校の実際の流行(罹患率36%)をシミュレーションで再現した上、閉鎖を行わなかった場合を想定したところ、罹患率が33%から57%に増悪することを確認した.このモデルより学校の閉鎖措置は集団の10%に達する前に開始し、閉鎖期間を最低3日行えば学校内感染を最小限に留めることが示唆されたという.

 ご承知のとおりこのほど文部科学省スポーツ・青少年局から都道府県に対し学校保健安全法施行規則の一部を改正する省令の施行について通知があり(平成24年4月2日)、インフルエンザの際の出席停止期間は「発症した後5日を経過し,かつ,解熱した後2日(幼児にあっては,3日)を経過するまで」と変更され、また保育所に関しては厚生労働省「保育所における感染症対策ガイドライン(平成21年8月)」では、症状が始まった日から7日まで、または解熱した後3日を 経過するまで出席停止が望ましいとされている。なお残存するウイルスがどのくらいの感染力を持つかは明らかでなく、今後の検討課題であろう。

Dr Ikematsu-s.jpg 次に「2011-2012年シーズンの迅速診断キットの成績と抗体価の測定結果」について九州大学先端医療イノベーションセンター池松秀之特任教授の報告があり、2011-12年流行期にウイルス分離のために採取された検体の総数は764件で、迅速診断キットでA型と判定された368例中ウイルスが分離されるかPCRで陽性であったのは339例(陽性試験予測率92.1%)で、迅速診断キットの有用性は例年同様今シーズンも高いと考えられた。
また2011年度のインフルエンザのワクチン株はA/California/7/2009(H1N1)pdm09、  A/Victoria/210/2009(H3N2)、B/Brisbane/60/2008(B)が用いられたが、感染阻止効果が期待できるワクチン接種後のHI抗体価40倍以上の割合は168例においてH1N1pdm09が81.5%、H3N2が97.0%でA型の両亜型ともA型接種株に対する良好な抗体価の上昇がみられ、それに対しBは63.7%と従来同様あまり高い割合ではなかった。A型接種株についての十分な抗体価上昇が見られるにもかかわらず、実際の今シーズンのワクチンの有効率は低く、この乖離については今後検討を進める必要があるという。

Dr Kawai-s.jpg 次に「2011-2012年シーズンのワクチンおよび抗インフルエンザ薬の有用性」について日臨内インフルエンザ研究班河合直樹班長の報告があった。それによると
① 2011-2012年シーズンは前2シーズンの流行の主体であったA(H1N1)pdm09が消失し、培養実施例の約73%がA(H3N2)、約27%がBの2種類混合流行であった(図1)。またA(H3N2)は20代~70代の各年代で前シーズンよりも患者数が大幅に増え、65歳以上の高齢者の割合が13.5%を占めて、前シーズンのA(H3N2)やA(H1N1)pdm09の各々6.5%(p<0.05)や4.7%(p<0.001)よりも有意に増加した(図2)。
② ワクチンは2011-2012年の季節性ワクチンの有効性は20歳未満ではやや認められるたが、20歳以上の成人ではそれほど高くなかった(年齢調整発症率は非接種群の3.53%に対して接種群は3.34%)。亜型別ではBよりもA(H3N2)のワクチン有効性が低い(図3図4)。   
③ 解熱時間から判定したノイラミニダーゼ阻害薬(NAI)の有効性はA(H3N2)では市販の4剤間(いづれも27~28時間前後)で大きな差はなかった。NAI投与後の解熱時間は、A(H3N2)に比べてB(32~38時間前後)はやや長く、また例年同様小児の方が成人よりもやや解熱時間が長い傾向にあった(図5)。
なおA(H3N2)は、本来これに対する免疫が備わっているはずの成人~高齢者において近年になく流行したことと、この年代でワクチンがあまり有効でなかったことを考え合わせると、流行ウイルスの連続変異が進んでいる可能性が考えられた。

Dr Chihana-s.jpg 次に話題提供として那覇市立病院知花なおみ呼吸器内科部長の「沖縄におけるインフルエンザの動向-特に夏季シーズンの流行を中心に-」について興味あふれる講演があり、沖縄における夏期シーズンの流行の実態が多数の症例を纏めて報告され、流入ルートでは東南アジアの亜熱帯由来の可能性が検討された。

 特別講演は「日本臨床内科医会インフルエンザ研究-10年間の軌跡-」と題してわれわれ研究班のエース河合直樹班長が登場し、これまで歩んできた10年間の軌跡を振り返った。
Dr Kashiwagi-s.jpg 毎年流行を繰り返すインフルエンザの変遷を見ると、アマンタジン耐性ウイルス、タミフル耐性Aソ連(A/H1N1)の出現、新型パンデミック(A/H1N1pdm2009)の世界的流行というインフルエンザウイルスは次々と大きな変貌を遂げて、姿かたちを換えながら人類を襲ってくることがよく分かる。これに対するわれわれの武器は進化した迅速キットと充実したノイラミニダーゼ阻害薬であり、早期診断と早期治療を可能にした日本の健康保険制度の功績は大きい。また新型インフルエンザの死亡率が世界でも抜きん出て低かったことで、わが国の第一線医療のインフルエンザ診療の水準の高さが評価されている。この分野でガイドラインに匹敵する日臨内「インフルエンザ診療マニュアル」の毎年の発刊も診療技術の向上に多大な貢献をしているものと思われる。 
 さて日臨内インフルエンザ研究の凄さは、何といっても河合班長のインターネットを駆使したデータの収集と解析力であり、論文の作成力は秀逸である。中でもCDCやJ Infection等の難関な超一流海外誌の論文掲載であり、前者での論文3篇、短文3篇という驚異的な採用率は特筆される。

 最後に研究の方向をご指導していただいている柏木征三郎先生、またウイルス学的検査などで本研究の基礎を支えていただいている池松秀之教授とこれらのデータを提供していただいた研究参加者の皆さん(表1)に深く感謝の意を表したい。
この研究が若い世代に今後とも是非受け継いでいただけることを念願している。